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2008年12月06日

天璋院篤姫 実家の母兄、再会できず。

天璋院の大奥引き去りは、旧幕臣の指示を受けて
将軍付き老女・錦小路と表紙・岡野が取り仕切ったことがわかりました。

 これまで、大奥をみとったとされた滝山は
江戸城開城の時には大奥にはいなかったようですね。

ドラマでは、どう描かれるのか楽しみです。

 滝山は、大政奉還があった1867年10月ごろ
江戸城市中に退いたらしい・・・
 晩年は大奥時代の部下の実家で暮らしたそうです。
71歳で亡くなりました。


 また、天璋院に薩摩から付き添ったとされる女中の「さか」は
天璋院と同じ年で生涯奉公している。
 天璋院の最後をみとったともいわれています。

 天璋院の薩摩の母「幸」は1869年(明治2年)60歳で亡くなっている。兄の忠敬は1894年62歳で亡くなり。母親と共に同家の墓に眠っているそうです。二人は、天璋院とは再会できなかったようです。
 再会できていたら、いいですね。

posted by はぴ at 16:36| Comment(0) | TrackBack(1) | 大河ドラマ 「篤姫」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月29日

斉彬の側役の日記

 今年のNHK大河ドラマで注目を集めている話題の「天璋院篤姫」。その篤姫が、徳川13代将軍家定の正室になるために薩摩から江戸に向かった道中や、薩摩藩の姫たちの動静を詳細に記述された薩摩藩士の日記が発見されたそうです。
 江戸の薩摩藩邸にあった日記類は、幕末に焼失していて今回発見された日記は貴重なものとなります。
 当時の女性についての記録は少ないので、幕末の女性史として貴重です。読解が進めば、篤姫の実像に迫ることが出来るかもしれません。

 その貴重な日記は、群馬県の古書店の方が東京都で入手。東大史編ざん所教授が鑑定。
  
 日記を残したのは、島津斉彬の側役として篤姫の護衛や世話などをしていたとみられる仙波市左衛門。妹も篤姫の女中として仕え、娘も女中となっているそうです。

 この日記には、天気のことや篤姫が生家から鶴丸城に入った様子、江戸に向けてのことなどが詳しく書かれてあり、藩政についてよりも女性について詳しく書かれてあることから、幕末の文書としては珍しいもので、従来の資料と対照することで、さまざまなことが分かってくるかもしれないということです。
posted by はぴ at 12:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 大河ドラマ 「篤姫」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月04日

幾島!

今年の大河ドラマも中盤にはいり、
役者も徐々に交代していきますね。

昨日は、幾島さんが
篤姫の側を離れる!という話で終わりました。
松坂慶子さん お疲れ様でした。。。
この女優さん 年配の女優さんなのに
愛らしくて優しい感じが 本当に大好きです。
これからも 素敵な女優さんでいて欲しいです。

篤姫さんも 徐々に大奥で力をつけているようですね。
徳川家の人間として
この先どう、薩摩と関わっていくのか
楽しみです。

posted by はぴ at 16:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 大河ドラマ 「篤姫」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月18日

大河ドラマ「篤姫」 第20回「婚礼の日」

大河ドラマ「篤姫」 第20回「婚礼の日」 

 最近ドラマも観るのが少なくなり…とは、いっても観てますが…(笑)
今年は、久々に観てます「大河ドラマ 篤姫」

 今回は、篤姫と 将軍「家定」の婚儀!
家定役の方は、どこかで見たことあるなぁ?
ぐらいの方でしたが「堺 雅人さん」という役者さんです。
私が、知らないだけですね…きっと!!!

 婚儀の夜の「昔むかし…!」で眠ってしまった篤姫!?
さすがです!!
 疲れていたのでしょね。。。

それにしても、知ってはいましたが…
寝るところまで人がいては…疲れます…
将軍さまってかわいそう!

とにかく「うつけ!?」では、なさそうな将軍「家定」

この先、どうやって2人の関係は親密に
なっていくのか…楽しみです!

posted by はぴ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 大河ドラマ 「篤姫」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月15日

篤姫付き老女「幾島」


今年の大河ドラマ「篤姫」
皆さんも見てらっしゃいますか?

 今朝は、篤姫付き老女「幾島」の記事を
目にしたので、ご紹介します。

今まで、「幾島」については、出自や生没年などが
不明だったようですが、
 鹿児島市の唐湊墓地に「幾島」の招魂墓が
残っていることがわかりました。

 この碑文で「幾島」のことが明らかになったようです。
よかったですね。

「幾島」とは、
島津家の「郁姫」が公家の近衛家に嫁いだときには
「藤田」と名乗り。
 「郁姫」没後は、「得浄院」として
近衛家に残っていたようです。
 
1856年、「幾島」として
大奥に入り将軍跡継ぎ問題にも関わっています。

「篤姫」の信頼も厚くて
江戸城開城の際、
西郷隆盛に天璋院の嘆願書を届けたとも
いわれています。

発見された碑文によると
「幾島」は、1808(文化5)年、
薩摩藩士の娘として生まれる。
1870(明治3)年4月26日63歳で東京で没。
島津家の菩提寺大円寺(東京)に葬られた。

父は薩摩藩で、御側用心を務めた「朝倉景矩」
母は秋田藩家臣「阿比留軍吾」の娘「民」

13歳の時に、公家の近衛家に嫁いだ「郁姫」の女中となっています。

招魂墓は、朝倉家の先祖代々の墓などと共に建っているそうです。


昔の女性は、本当に大変であり
強かったと思います。

また、ドラマを観ていると
「篤姫」が将軍に嫁ぐために
養子縁組を2回もします。

今では、あまり実感もなく
考えられないことですが

…分家出身の身分の低い姫が、
将軍家に嫁ぐことなど
許されないことだったらしく

最初は「篤姫」を側室に迎えてはどうか!?と
いう話が、出たようですね。。。

 それでは、薩摩藩は困るということで
「篤姫」を、第11代藩主 「島津斉彬」の実子として
押し通し…幕府には届け出ていたとか!?

身分が低いとはいえ、「篤姫」を調べてみると
実父は今和泉島津家第10代当主「島津 忠剛」
この「忠剛」は、第9代薩摩藩主・「島津斉宣」の七男。
「島津斉彬」からすれば叔父さんになります。
 
まぁ長男以外は、あまり重要ではなかったと
いうことでしょうかね…。。。







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